成功へのヒント



没落した二宮家を再興した二十代前半までを
振り返ってみたいと思います。


病弱な父親に代わって、
子供だった金次郎が大人にまじって
酒匂川の堤防の工事に携わったこと。

このときに、働く大人たちのために
わらじを作ったこと。
このことに大人たちは、
工事によりいっそう励んだ。


ここまでのところで思うことは、
金次郎は、子供ながらも自分にできることは何か、
みんなのためにできることは何かを思考できる人間に育っていた
といるのではないか。


父親は、困っている人たちに
米やお金を分け与えることで
人の役にたとうとしてきた。

しかし、二宮家が困ったときに
助けてくれる者がいなかった。
こうしたことを見てきた金次郎。


人間不信になってもおかしくなかったと思える。

でも、そうならなかったのは、
父親が、助けてくれなかった人たちを恨むようなことが
なかったからではないだろうか。
お人好しな父親であったことが、
人間不信にならなかった要因ではないだろうか。

そして、こうした父親を見てきたことで
どうすることが、人の役に立つことになるのだろうと
思考するようになったのではないだろうか。

そうした意味で、父親は反面教師だったのでは
なかったのかと思うのです。


また、父親が本好きだったことが
金次郎に学問に対する関心を強く持たせることに
つながったのではないか。


それと、両親にとても愛されたのではないでしょうか。

金次郎の逆境のなかにあっても、懸命に努力することが
できたのは、親の愛をとても感じられたからじゃないだろうか。

そして、常にプラス思考だったのでしょう。

油菜を油と交換したこと、
開墾して米を収穫し、蓄えていったこと、
これらは、学問を学んだことによって
できたのだと思います。



知識・教養を身につけること、
目標を持つこと、
小さなことをおろそかにせず、一生懸命積み上げていくこと
それが、成功への道のりなのかなと感じます。


これまでのところで
私が、感じたことをまとめてみました。










二宮家の再興



金次郎は、一大決心をして
叔父・万兵衛のところを
でることにしました。

そのご、金次郎は
生家には戻らず、
名主や親類の家を手伝ったり
その家の子供に
勉強を教えたりしながら
新しい土地の
開墾を進めていきました。


やがて金次郎18歳の時には
二十俵もの米がとれました。
これは、農民にとっては
かなりのたくわえだったのです。

この頃には、金次郎の身長は
一八二センチもありました。


金次郎が、生家に戻ったのは
1806年・文化3年の正月でした。

それから
荒地をどんどん開墾して収穫をあげていきました。
そして、人手にわたった
二宮家の田畑を買い戻していったのです。


しかし、そんなとき
親類に預けられていた
弟・富次郎が病気になって
亡くなってしまいました。
6歳でした。


それから4年後
金次郎は村でも指折りの地主になり、
かなりの使用人を使うほどに
二宮家をたてなおしたのです。


***************************


ここまでは、金次郎の生きた時代を
確認することからスタートし、
没落した二宮家を再興するところまでを
綴ってきました。


これまでの金次郎の歩みの中に
すでに学ぶべきところが
たくさんあるように思います。

次回は、私なりに
学ぶべき点をさぐってみようと
思います。







積小為大



金次郎は、弟たちと別れ
叔父万兵衛のもとで、新たな生活が始まりました。

万兵得衛は、
金次郎をきびしく働かせました。

金次郎は、
朝くらいうちから
夜おそくまで働きつづけました。

この時代、農民の暮らしは貧しく、
子供が田畑で働くのは、
あたりまえのことでした。

農民は、
自分たちで作った米は
ほとんど食べられず
年貢として納めなくてはなりませんでした。

こうした生活を、農民は何代にもわたって
していました。

そうした現実に、
金次郎は、農民のためになる学問をと
本を読んでいました。

しかし、叔父からは
百姓には、学問などいらぬと
叱られていました。

さらには、夜に
灯りをつけて本を読んでいると
油がもったいないと
叱られるのでした。


そこで金次郎は、
ある農家でひとにぎりの
油菜の種をかりました。

そして、近くの荒地に
その種をまきました。
    ・
    ・
次の年の春
油菜は花を咲かせ
やがて夏のはじめ
たくさんの油菜の種がとれました。

農家にかりた分の種を
かえし、残りを油屋にいき
油菜の種を油にかえてもらったのでした。

「積小為大」
小を積んで大をなす・・・
「小さなことを積みかさねて、はじめて大きなことができる」
ということを学ぶのでした。

ある日、金次郎は
田植えのあとあまって
道端に捨てられた稲の苗を
見つけました。

この苗をもったいないと思った金次郎は、
酒匂川の大水でできた
荒地をたがやして、
そこに植えました。

そして、仕事のあいまを
みては、稲の手入れにかよいました。

やがて、秋風がたつ頃、
金次郎の田んぼにも
黄金色の稲がみのったのです。

そして、刈り取った稲は
一俵もの米になったのです。

荒地をたがやして
とれた作物は、
七年間は年貢を納めなくてもよかったのです。

この米は、
まるまる金次郎のものと
なったのです。

こつこつと
努力した結果だったのですね。








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